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第8話 王太子アイゼル

last update Last Updated: 2025-06-17 18:15:26

 よく晴れた初夏に近い春の日。

 今日は王妃主催のお茶会が行われる。

 庭に繰り出す前のアイゼルは、王宮内にあるサロンの豪奢な室内に貴族令嬢たちを侍らせながら、幼馴染たちと戯れていた。

「そう? 私って美しいかな?」

 第一王子にして王太子であるアイゼル・イグムハットは小首を傾げて、ソファの隣に座る公爵令嬢を覗き込んだ。

 金髪に縁取られた、いかにも王子然とした整った顔。

 男らしくも美しい澄んだ青い瞳に覗き込まれた令嬢は、白い肌をピンクに染めてうっとりとした溜息を吐いた。

 そんなアイゼルに、薄茶色の髪と瞳の細身の青年が呆れながら話しかける。

「身長188センチもある大男が、小首かしげた程度で可愛くなれるはずがないでしょうよ」

「イエガー・ポワゾン伯爵令息。幼馴染とはいえその言い方は、不敬ではないかな?」

 にこやかなアイゼルに突っ込み返されて、イエガーはニコリと人好きのする笑みを浮かべた。

 髪や瞳は地味な色合いをしているが、イエガーは整った女性的な顔をしている。

 柔らかな笑みを浮かべた青年の男性とは思えない美しさに、令嬢や令息からうっとりとした溜息が漏れた。

 イエガーの隣で、浅黒い肌をした男が溜息を吐く。

「いつになったら王太子としての貫禄が出てくるんだ、アイゼル。お前は貴族じゃなくて王族なんだ。見た目の美しさをアピールするとか、軟弱すぎる」

「ふふ。お前は堅すぎだよ、レクター」

 レクターは護衛騎士をしている男である。

 短い黒髪に鋭い眼光を放つ目には黒い瞳。

 二メートル近い高身長な上に厚みのある筋肉を浅黒い肌で覆っている、貴族にしては男臭いタイプだ。

 令嬢や令息からは怖がられているのと同時に頼られる存在である。

「俺は護衛騎士だから、堅すぎるくらいでちょうどいい」

 レクターらしい返事にアイゼルはふふふと笑った。

 アイゼルは、逞しい護衛騎士の隣にいても女性的には見えない程度の体格はしていた。

 対してイエガーは他のふたりに比べて身長も低く、筋肉もついてはいない。

 アイゼルは機嫌よくにこやかに言う。

「私たちは同い年の22歳。しかも皆、独身だ。楽しもうじゃないか」

 アイゼルとイエガー、そしてレクターの3人は、立場は違えど幼馴染だ。

 とはいえ令嬢たちに囲まれて浮かれてもいい者ばかりではない。

「あなたには婚約者がいらっしゃるでしょ、アイゼル王
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  • 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない   第57話 裁くもの

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